好井祐輔のフランス滞在紀
26.08.2005「好井の送別」「本日いよいよレセプション・パーティー」担当:藤野
好井が昨日フランスに勉強の為に旅立ちました!なかなか熱い男で将来が楽しみです。出発まぎわまで開店準備を手伝ってくれ、助かりました。
記念の為に「全員集合」写真を撮り記念としました!
![]() |
|---|
本日は一週間かけて準備した「レセプション・パーティー」をおこないます。まだまだだと感じますが、今から31日まで修正を加えながら9月1日に向けて進みます。
乞うご期待!!!
12.09.2005「好井からの便り」担当:藤野
本日フランスのブザンソンの語学学校に入学した好井より2度目の便りがありました。やっと日本語で書け読める環境をつくれたみたいです。
何よりも初めての経験でいろいろとあるでしょうが、まずはホストファミリーに馴染めたのが大きいかも?
では2通目のメールを載せます。
「シェフ、おげんきですか?
やっと、日本語の打ち方がわかりました。そしてこちらの生活にも慣れてきました。
先日手紙を出したので、内容が重複するかも知れませんが、フランス人の家庭を見ることは大正解で、言葉はもちろん、文化、性格、料理、などなど、多くの新鮮なものを吸収出来ていると思っています。
壁はたくさんありますが、精一杯やります。
お店のほうはいかがですか?
みんなの頑張っている姿が思い浮かびます。
また、連絡します。 好井」
これからもいろいろと報告があると思います、そのうち「ブラス・レポート」のような形でページに掲載してゆきます。
21.09.2005「便り2」担当:好井
なかなかスタッフの中から書こうという人が出てきません。PCのキーボートを叩きながら思考する習慣が無かったからだと思いますが、いまから習慣付けなくてはと思い描く今日この頃。ジャムや町並みや食べるものをフォト添付してくれば、なおリアル感が伝わりますが、デジカメ無いのかな?まずは好井のメールを読んでください。
読者の皆様 何かと暇にしている好井です、メルアド載せますのでメール送ってください!ただし頼みごとなどは書かないでください。
yo-yusuke-77@hotmail.co.jp
(藤野)
好井メール
お元気ですか?お店のほうはいかがですか?
H・Pに僕のメールがアップされていたので、フランスレポートの続きを送ります。
ブザンソンでの生活を始めて3週間が過ぎ、急な冷え込みに驚き(朝の気温6〜7度)、そしてフランス語の難しさにためらいつつも何とかついていっています。
今回は日本ではなかなか味わえないだろうということを紹介します。
フランスの家庭料理を食べられるというのは言うまでもありませんが、朝食のバターとジャムがまず美味しい。
ジャムは自家製のものが数種類常備されていて、こちらに来た翌日に森へ一緒に行き、ミュール(桑の実・黒イチゴ)を採り(結構大変!)早速ジャムを作っているのです。これが素晴らしく旨いんです。
そしてチーズ。日本のスーパーに出回っているものとわけが違いますね。味はもちろんながら、とてつもなく安い。
僕の生活している場所がチーズの美味しいところでもあり、ものによれば5分の1くらいの値段のように思います。
誰もけちけち食べません。200円ちょっとのバゲットのサンドイッチに入っている
チーズの量が日本では考えられないです。「チーズとパンとワインがあれば満足できる」というのがやっと理解できました。
身近に感じられることが、とても新鮮でおもしろいですね。ただ、すでに体重が増えてしまったのは、全くおもしろくありませんが、、、、。
パソコンを使える時間に限りがあるので今回はこの辺で、、、
好井
29.09.2005「便り
3.4.5.6 ヴァンダンジュ」担当:好井
こんにちは。お元気ですか?
お店の方も新しい試みを始めているみたいですね。
とても良い体験をしたので紹介します。ご指摘どうりデジカメを持っていないのでうまく伝わらない部分があり、その分、文章が長くなってしまいますが読んでみて下さい。
『初めてのヴァンダンジュ』
土曜日にホストファミリーであるフィリップの弟夫婦にヴァンダンジュ(ぶどうの収穫の意。ワインを造るためにぶどうを摘み、潰し、圧搾する作業)を体験させたもらった。
僕の住んでいるブザンソンから車で30分ほど離れた小さな美しい村に、その夫婦の友達がやっているぶどう畑があり、子供も含め30人以上が集まった。それは皆、家族のような友達ばかりですごく温かい雰囲気。皆に紹介してもらい、女性と子供には挨拶のビズ(頬にキス又は頬を合わせる)をし、男性とは握手をしてまわった。
僕にはまだこのビズがどうも慣れなくて緊張するのだ。それをブザンソンでは両方の頬に一回ずつの2回なのだが、地方によっては違って、南へ行くと4回もするらしい。
そしてヴァンダンジュを始める。大きなバケツと枝を切るはさみを各々が手にしてぶどうを摘んでいく。ぶどうの木の丈は1m弱程度で、黒ぶどうと白ぶどうを分けて集めていく。
そのバケツが一杯になると『ソーー!』と叫ぶ。ソーとはバケツの意味でバケツを交換しに来てくれるのだ。
日本(福岡)でワインにするぶどうを食べたことはあるが、その味とはまったく違ってここのは甘くて旨い。
庭野(ソムリエ)の言ってたとおりだった。
日本で食べたものは酸っぱいだけの加工するしかないような味だったのでその違いに驚き、ついついつまんでしまう。(みんなそうだった)
このヴァンダンジュ、ほとんど商売のためにやっているのではなく好きでやっているのだ。30人で2時間頑張ればぶどう摘みは終わる。
白ぶどうは後で皮と種を取り除き、ジュースだけにしてしまいため、そのまま巨大な樽に集め、黒ぶどうは皮と種とを一緒に発酵させるため、樽にぶどうの実より少し大きい穴がたくさん開いた木のふたをして、手で叩きつけたり押したりして実だけを落とし、房は捨てる。
皆楽しそうだった。去年のワインを飲みながらゆったりおしゃべりしつつ作業を進める。なんせ、商売ではなく一年に一度の収穫祭なのだから。一段落すると皆で昼食。
天気が素晴しく良く、目に入ってくる景色は空の青と畑や山の緑だけの所にテーブルを用意し、皆で持ち寄ったパン、チーズ、ハムやテリーヌ、ソーセージ、ピーマンのタルトやドライトマトやバジルの塩味のケーキ、、、、。もちろんワインも樽で用意されている。
食事の後は、そのたくさんのぶどうを潰したり漉したりするために家に運びます。大きなトラクターの荷台に巨大な樽を3つと、僕たち20人ほどを乗せて、、、5kの道のりをはしゃぎながら(この時もワインを片手に)まるで子供の頃に戻ったかの様だった。
大きく素敵な家。地下にカーブ(ワインの貯蔵庫)がある。まずは庭でぶどうを潰す作業で、白ぶどうから先に大きな木製の器材で潰していく。共同作業で子供も皆一生懸命手伝う。それをカーブに運び、白ぶどうはジュースのみにするためプレスしていくのだが、結構手間と時間のかかる作業なので筋肉痛になった。
女性陣の半数はディナーの準備に取り掛かり、僕も途中からそれに参加。およそ8〜10kのジャガイモの皮むきだ。
ここでもワインを飲みながらなのだが、これがじつに美味しく、マクヴァンといって白ワインとマール(ブランデー)を合わせて熟成させたもので、甘くてアルコール度数も高い。
多分、酒精強化ワインの一種で甘口のシェリー酒を想像してもらうとわかっていただけると思う。昔はこの収穫祭のディナーにとても手の込んだ料理を作っていて、その用意をしながらこのマクヴァンを女性一人当たり一本も飲んでいたらしい。それが食前酒というのが驚きだ。
メインディッシュは「パタータ・ヴィニョーブル(ジャガイモのぶどう園風という感じ)」。いたってシンプルなのだが、日本ではなかなか真似の出来ない代物だ。
材料は、この土地のソーセージ、ベーコンの塊、ジャガイモ、マクヴァン、白ワインそして、なんとぶどうの枝。これだけである。
鍋底にぶどうの枝を置きマクヴァンと白ワインを注ぎ、ソーセージとベーコンの塊をそのまま敷き詰め、ジャガイモをのせ、蓋をして3時間ゆっくり蒸し煮するだけ。塩もしない。
枝が蒸し器の役割をしていて、鍋底のワインの蒸気がソーセージやベーコンの香りを抱き込み、上のジャガイモを蒸していく。1時間ほど経つと、旨そうな香りが庭まで届く。
ここの家、バスの運転手である旦那さんと看護婦の奥さん、それに3人の子供がいる普通の家庭なのだが、毎年一日だけ家族の様な友達と一緒にこういった収穫祭をする。
地下に大きなカーブがあり、庭も広く、キッチンも素敵だった。とてもパワフルな奥さんで優しくたくさんのことを教えてくれた。
料理が出来るまでは、ワインを飲みながら庭でおしゃべりをしたり、子供達とバレーボールを楽しむ。
夜8時半ごろディナー開始。屋根裏部屋に15m程の長テーブルを用意し皆で囲む。去年のワインが大量に用意されている。まだ飲むのか?という感じ。
オードブルには、レバーのパテとウグイス豆のピュレと庭で取れた野菜のサラダ、その後はお待ちかねのメインディッシュ。
僕も盛り付けなどを手伝った。フランスのソーセージやベーコンはどうしてこんなに旨いんだろう!と悔しくなる程なので言うまでもないが、その燻された香りとマクヴァンの酸味と甘い香りを吸い込んだホクホクのジャガイモがさすがに旨い。
ぶどうの収穫祭になんともふさわしい料理であり、来年の豊作や良いワインの出来を願う意味も含んでいる。
フランス人のほとんどであると思うが、日本人からすると信じられないくらいおしゃべりである。男も女も同じで話が止まらない。
僕もフランス語が出来れば伝えたいことは沢山あるのだが、まだ言葉に出来ないのでいつも悔しく思う。常に辞書を片手になんとなく理解するしかないのだ。
話は戻るが、メインの後は当然チーズが沢山用意されている。お腹が満足の悲鳴を上げる。
次はダンスの時間だ。大きな部屋に大音量の音楽が地響きをさせ、皆が踊りだした。どうもこういうのは恥ずかしく苦手で、片隅で控えめにしてると、パワフルな奥さんが「一緒に踊ろう!教えてあげる!」と言って手をとってくれた。こちらの人は本当にダンスが好きで、結婚式の後やこういった祭りのときは決ってダンスタイムがある聞いた。
僕も段々気分が乗ってきて、翌日背中の筋肉痛に悩まされるほど踊った。ダンスを好きになる理由がわかった気がする。
夜中の3時。皆に挨拶をして「またおいで!」と言ってもらい、お土産にワインを2本もらった。
年に1度の祭り。この日だけは特に贅沢に楽しむ。皆に「これは1年に一度だけだからね!!」と何度も念を押すかのように聞かされた。幸せそうな笑顔で、、、、終わり。
好井
12.10.2005「ブザンソン便り」担当:好井
シェフ、お元気ですか?エクレアが食べたくなりました!!!
最近こちらで料理を作っていて、それについて少し書いたので送ります。
「ラタトゥイユ」
フランス・ブザンソンより・・・
毎日フランス語の勉強はやっているもののなかなか上達せず、少しストレスを感じる今日この頃ですが、僕のストレスを解消してくれるのはやはり料理しかないようで、最近は家で料理を作らせてもらっています。
2週間ほど前、ホストファミリーに「ラタトゥイユを作りたい!なぜなら、フランスと日本の野菜は違いがあり、美味しいフランスの野菜で作ってみたかったから。」とお願いしてみました。「もちろんだよ!喜んで!」という返答。ワクワクしながら作り始めました。
トマト・ズッキーニ・ナスは庭にあるので、さらに気分は盛り上がります。僕の認識の中での日本とこちらの野菜の違いというのは、日本のものと比べて全体的に大きく、硬く、味が濃い(水っぽくない)というところです。
カストールで何度も作っていましたから、その違いを踏まえ、塩とハーブの量・煮込み時間を変えて作りました。
結果はバッチリで、「ウーーン、エクセランッ!!!」と皆にお褒めの言葉を頂き、うれしくてうれしくて、、、ニヤニヤしていました。
僕の感じた違いというのは、茄子に全くのエグ味を感じず、しっかりと煮込んでも崩れにくいため味に一体感がある様に思いました。それにオイルとの相性も良いですね。
とにかく大満足でした。
メインには骨付き鶏モモ肉を焼いて、付け合せに”ポンムパイヤソン”(ジャガイモのガレットで、細切りにしたジャガイモに塩コショウだけして手でもみ、水気を切りフライパンで平らに丸く焼いたもの。)を作り、これも大好評でした。
いやー楽しかった。
21.10.2005「フランスで寿司」担当 好井![]()
フランス・ブザンソンより・・・
フランス語の学校の新しいクールが始まり、クラスのレベルが上がったのでさらに良いプレッシャーを感じています。
1ヶ月前、この学校で日本の紹介をすることになり、寿司を作りました。
まず材料は期待できません。パラパラの米で作るしかないので少し悩みました。
そこで思いついたのは茶巾寿司。
薄焼き卵で包んでしまえばうまくいきそうな気がして、早朝6時前に起床して取り掛かりました。寿司酢には赤ワインヴィネガーを使用し、薄焼き卵・ツナ缶・マヨネーズ・人参を軽く炊いたものを用意し・・・・しかしこれがなかなかうまくいかないものです。
なにしろ包めない程にパラパラしていたもので。炊飯器はあるのですが、初めてだったので水加減がいまいちでした。
作戦変更するしかなく、庭にあるコート・ド・ブレットという大きな葉の野菜を茹でて、そのブレットと薄焼き卵で巻き寿司にしてみました。
これは大成功!
評判も良く、クラスの皆も喜んでくれたのでホッとしました。
そして先週、ホストファミリーであるフィリップの誕生日で30人分の料理を担当しました。もちろん一人ではないのですが、僕は寿司とサラダとパエリアそしてチョコレートを。久しぶりに仕事をした感覚を覚え嬉しくなりました。
料理やお菓子があると言葉が出来なくても結構コミュニケーションがとれるので楽しいものです。
寿司は3度、麻婆豆腐はすでに2度も作りました。かなり評判が良くて、今までやってきた賄いと、奥さんに和食を教えてもらったことに感謝しています。
好井からの便り
お元気ですか?先日ここブザンソンで初めてレストランへ行きました。とても気に入りました。日本では食べられないものや、作れない雰囲気を味わったような気がします。
お金のことが気になり行ってなかったのですが、レストランへ行くことは僕にとって、とても重要です。どんなレストランであっても、、、
25・10・05 「アルジェリア料理と菓子」 担当好井
フランス・ブザンソンより。
ここのチーズの旨さに、ため息をついている今日この頃ですが・・・(今季節のモンドールというチーズが素晴らしいですよ!)
僕はホームステイをしていて、家に料理と家事を担当してくれているアルジェリア人の女性が居ます。
僕と同い年で、明るく素晴らしい女性です。複雑な理由(宗教など)により一緒に生活しているのですが、彼女の作る料理が旨いんです。
フランス家庭料理ももちろんのこと、アルジェリア料理と菓子には感動します。
初めての味や香りにたくさん出会うことが出来、貴重な経験と知識として僕の中へ入ってきていますね。
彼女のスペシャリテである、クスクスはさすがの味でたまに「シェフ!!!」って呼んでいます。(嫌がられますけど、楽しんでいるのです)。その他、タジンやパン、ブリック、ナッツをたくさん使いオレンジフラワーの香る菓子を作ってくれます。
北アフリカ(モロッコ・アルジェリア・チュニジア・リビアなど)料理はとても新鮮で、シンプルですがどれも美味しく、特に菓子の作り方や味には目を見張るものがあり、日本へ帰ったらぜひ作ってみたいと思っています。
ただ、彼女はミュズルマン(イスラム教徒)なので豚肉・アルコールなどを口にすることが出来なく、家での料理にはワインが使えません。そして肉も決まった肉屋(屠殺の仕方も厳しくイスラム教徒のための肉屋)でしか買えないのです。宗教の勉強にもなりますが、たまに豚肉を食べたくなりますね。
そして、北アフリカ菓子の美味しいお店を教えてもらい、通っています。日本人には
少し重めの菓子ですが、僕は大好きで今のところブザンソンで一番旨いパティスリー
だと思います。
そうそう、今夜の食事は僕が担当で、宿題を早く終わらせてとりかからないとっ!!
子牛とメキャベツを使って料理を作るんです。ソースは何にしようかナーーー!!!
10.12.2005「シェフ元気ですか?」担当:好井
もうすぐ今年も終わりますね。早いものです。
かなり忙しいとは思いますが、頑張ってください。
先日の話なのですが、なかなかパソコンが使えず遅くなりましたが良かったらアップしてください。
フランス・ブザンソンより。
「チーズ王国」
先日の日曜日、ホストファミリーであるフィリップの兄弟が集まり、昼に食事会をした。
料理は僕とアルジェリア人の女性が担当して。
当日のメインはなんと言ってもチーズだった。
もちろん料理は前菜・メインディッシュ・デザートを用意したが、皆が持ち寄った10種を超えるチーズを見てしまうと料理の食べる量をセーブせずにはいられなかった。
そのチーズたちを並べてみると、壮観である。レストランを思わせる程だ。
どれもこだわりの状態の良いものばかり。
中でも、空手や相撲が大好きなフィリップのお兄さんが興奮して語る「ブリヤ・サバラン」、これには驚かされた。
彼は言う、「俺は、ブリヤ・サバランがチーズの王様だと思う!!!」と、かなり得意気に。
見た目は、カマンベールの高さを3倍にしたような感じ。ナイフを入れてみると、中身が流れ出てきた!いい状態だ。半信半疑で、ちぎったパンにたっぷり塗ってほおばる。「ほんとかよー??」と思いながら。・・・・・・・・・・
「参りました!!おっしゃるとおりでございます!!!」(好井: 心の中で・・・)まさに王様だと思った。
僕の言葉でこの味を伝えることは出来ない。
香りといい・・余韻・・そしてこのバランス。素晴らしい。
今まで食べたチーズの中で、文句なしのナンバー1だ。もう止められなかった。
それにしても、食べ終わったのは夕方4時半。食べすぎにも程がある。ワインも一本以上飲んだ。
慌てるようにウォーキングに出かけたのであった。(汗)
15.12.2005「ヴァン・ショー」担当:好井
フランス・ブザンソンより・・・
ここブザンソンも、クリスマスを目前に控え、街がイルミネーションで飾られています。
何度見ても見飽きない美しさですね。
先週末、街からのクリスマスプレゼントのようなセレモニーがありまして、美術館の前の大きな広場に小さな野外スケート場が出来、ダンスや光と映像の見せ物で、ブザンソンの住人全員が集まったのではないか(少し大袈裟・・)というほどの人が集まり、身動きが取れませんでした。そして1時間程度のセレモニーが終わり、ヴァン・ショーとスープがプレゼントされました。
今年初めて飲んだヴァン・ショーだったのですが、寒い日の少し甘く香りのあるそれは最高でした。
夜空の下というのが、これまたいやらしいシチュエーションでとても温まるひと時を過ごすことが出来ました。
最近「ヴァン・ショー始めました!!」的な張り紙を、いたるところのカフェで見かけます。
みんなそれを楽しんでますよ。
庭野特製のヴァン・ショーも多くの人に楽しんでいただきたいと願っています。
心も温まりますよ。
フランス・ブザンソンより〜「明けましておめでとうございます。」担当好井
年末よりパソコンが使えなかったもので久しぶりです。
1月2日〜4日にパリでシェフたちと会い、久しぶりの奥さんの煮物も堪能させていただいて、2日半という忙しい滞在でしたがシェフとみんなのおかげで充実した時間を過ごすことが出来ました。
こちらでの生活も4ヶ月が経過し、フランスにいても僕にとってパリへ行くことは特別な気分で、嬉しくてパリ前日はあまり眠れなかったほどです。思ったとおり刺激的な街ですね。たくさんの発見があります。
年末はお金が無いにもかかわらず、スイスの首都・ベルンへ同居人のスイス人と一緒に行き、素敵な人たちとの出会いと、美しいものを目にして、素晴らしい天気の中でアルプスのスキーを知ることが出来ました。
スイスで見たものは日を改めて紹介しますが、ドイツ語圏のスイス人と日本人がフランス語でコミュニケーションをとるという、不思議でしたが大きな感動を得ることが出来ました。
クリスマスから元旦にかけてはブザンソンでフランス人と過ごし、初めての経験とたくさん料理もさせてもらいました。家でフォアグラのテリーヌを2度仕込んだぐらいですから。もちろん寿司も作りました。
たくさんのクリスマスプレゼントと一緒に素晴らしい経験も頂いて幸せでしたが、どうも食べ過ぎたようでズボンが縮んだように感じる新年となりました。(涙)
今年もよろしくお願いします。好井
フランス・ブザンソンより〜 「スイス・ベルン」 担当好井
去年のクリスマス前に5日間スイスの首都・ベルンへ行ってきた。同居人であるスイス人と一緒に。
多くの喜びを感じさせてもらった美しい日々だった。
スイスの首都がベルンであることは知らない人も多いだろう。僕もフランスへ来てから知ったし、彼も言う「皆知らないんだ!」と、どうしてもジュネーブやチューリッヒの方が有名だから。
ベルンの街は聞いていた通り、首都とは思えないほど小さく、そして静かである。
物価はフランスより高く、日本とそんなに変わらない。
きれいな時計台、たくさんの時計屋・銀行。
街の中を通る川は谷を思わせる。そのバンジージャンプの出来そうな橋の上から眺める街が好きだった。宮崎駿のアニメの中の風景を思い出した。
駅やスーパーも街と同様清潔で、何より働いている人たちの感じが良い。
彼の多くの友達とも話しても感じた事だが、ベルンの人たちは真面目である。例えば、駅には改札が無く、短距離の電車には切符のチェックが無い。個人個人がしっかりしていて、信用があるのだ。日本では考えられない。
僕の大好きなスーパーやマルシェの野菜を見ても分かる。どれも生き生きしている。
スイスという国はEUに加盟してない事からも感じるが、ちょっと特別な気がする。
自然にもたくさん触れた。
ボコボコと大きな穴の開いたチーズである、エメンタールチーズの工場を訪れるために合わせて4時間以上も雪山を歩いたり、夢のようなアルプスの景色の中でのスキー。半刻おきに色が変化する空の下、その風景に目を奪われ、滑っている事も忘れてしまいそうだった。雪質は言うまでも無く素晴らしく、初めての感覚だった。
どんなに素晴らしい芸術作品よりも、何もしない自然のほうが遥かに美しいものだ。
忘れられないだろう。
一番の感動は、やはり人との出会いだった。
とても新鮮な野菜の並ぶ、生産者と話が出来るマルシェでドイツ語圏であるスイス人とたどたどしくも楽しい会話をしながら買い物し、彼の友達たちとのディナーのための料理を作り、料理とフランス語でたくさんのコミュニケーションを交わし楽しい時間を過ごした。
ドイツ語圏でありながらみんな少しはフランス語が話せるので、不思議と言葉に全くの壁を感じなかった。難しい言葉なんて全く必要じゃない、心は通じるものだ!フランス語を勉強して本当に良かった。まさに感動。
ブザンソンへ戻る日のお昼もみんなを招待し、簡単な野菜たっぷりの料理をつくり、皆にへたくそなフランス語で少しだけ熱く語る事もできたので大満足だった。
ベルンを発つときには、お世話になった彼とは大の親友になっていた。
この思い出と出会いは僕の宝物である。
11.01.2006「フランス・ブザンソンより」担当:好井
新しい年が始まりました。
僕にとって、去年と今年は特別な期間だと思っています。
料理人として生きていくと決めてからの夢の途中であり、自分を成長させられるとても良い機会でもあります。
去年は多くのことが僕の中を通過していきました。本当にいろいろと考えさせられました。
少しずつフランスの生活に慣れ、今年は方角を変えなくてはなりません。
楽しみでもあり、緊張もします。
自分を信じて、楽しいことも苦しいことも、きちんと受け入れていく事が今年の目標です。
フランスでの思い出を美しいものにするために・・・頑張ります
19.01.2006「フランス・ブザンソンより〜フランスのクリスマス」担当:好井
フランスのクリスマスを紹介します。
日本でクリスマスというと、家庭では子供のためにプレゼントを用意し寝静まった頃に枕元に置く。子供が目覚めたときの喜びの姿を想像しながら。カップルはレストランで食事をしたり、プレゼント交換したりというのが一般的だと思う。日本でのクリスマスはレストランにとって一大行事である。
僕の経験したフランスのクリスマスというのはまさに家庭のためのもの。
たとえ、彼氏・彼女がいたとしても基本的には家族と一緒に過ごす。よってたいていのレストランやお店は休みである。24日のイヴの夜に豪華な食事をし、25日の昼食前におばあちゃんの家に一族が集まりプレゼント交換をする。
一家族がその他全員分のプレゼントを用意しなくてはならない。この間は、5家族・おばあちゃん・僕の17人だった。大きなクリスマスツリーの下に並べたプレゼントの山は恐ろしいものがあった。
なんせ、おばあちゃんは16個も用意したのだから。よって、プレゼントを配るのも一苦労、中身を見るのも大変だ。ただ、大人も子供も同じく楽しい時間。
プレゼントを選ぶことに皆頭をかかえていたので、ホッとする瞬間でもあると思う。
僕も沢山のプレゼントをもらい、嬉しいひとときだった。
そして食事。24日の夜はフォアグラのテリーヌ・サーモン・エスカルゴ・ほろほろ鳥のロースト・ショコラとマロンのケーキ。
中にカナダのケベックでオーナーシェフをやっている人がいたので、彼と一緒に僕も料理した。
飲んだワインも非日常的なもの。0時をまわるのを待ってシャンパンを開けた。良いワインで気分が良くなり、当然のように食べ過ぎてしまった。
ちなみに僕はエスカルゴを40個も食べ、バターの取りすぎで気分が悪くなった。(エスカルゴとはかたつむりのことで、その殻に身を詰め、その名もエスカルゴバターという、バター・ニンニク・エシャロット・パセリ・塩・胡椒などを混ぜたそのバターで蓋をし、オーブンで焼いたもの)。自分が馬鹿だったが、当分食べたくない。エスカルゴの食べすぎには注意である。
25日の昼過ぎには、おばあちゃんの作ったパテ・アン・クルート(固めのパイ生地で包んで焼いた肉のテリーヌみたいなもので、それ専用の特殊な型・特殊な生地を使う。82歳のおばあちゃんの力作!!)、続いて子羊のモモ肉のロースト・チーズ・オレンジ風味のチョコレートケーキ(これは僕の力作)。最初と最後にはシャンパンを飲んだ。(空き瓶の数を見て驚いてしまった・・・)
僕の胃の中にとってはすさまじい2日間だったが、とても貴重な体験をさせてもらい、両手にプレゼントを抱えて帰るときは幸せだった。
これが僕の経験したクリスマス。そのときは、この後元旦にかけても毎日のように人が集まり毎晩パーティをするのなんて知る由もなかった。(フランスへ来て初めて胃薬を飲んだ・・・・)
27.01.2006「一冊の本」担当:好井![]()
前回の日記で、なかなか書けなくなるとか申しましたが、今朝の話をどうしても残しておきたいと思い送ります。
フランス・ブザンソンより〜
窓の反対側は真っ白な世界。久しぶりの雪が降り、外はマイナス5℃。
今朝のこと、うちのホストファミリーの主人と一緒に働いているデザイナーである女性から一冊の本を借りた。
2年程前に亡くなった、レストラン・コート・ドールのオーナーシェフ、ベルナール・ロワゾー氏の料理の本。
すごくシンプルなのだが、美しい写真の数々。10年以上前のもの。
なんていうか、、、興奮した。一枚一枚ページをめくるたび興奮するのだ。
なかなかこういう本とは出会えない。パリへの旅行の際、いつも料理の本だけはたくさん買って帰っていたがこんな本とは出会っていない。
多分、5ヶ月間もレストランで料理をしてなくて、待ち遠しい今の自分の心境も手伝ってだと思うが、どれもシンプルな組み合わせの料理の数々、しかし力強く、僕には刺激的で新しい世界のような気がする。
3年前のこと。シェフたちとのフランス旅行の時に、この彼のレストラン、コート・ドールへ予約をして、その日に最寄の駅であるディジョンまで来て、レンタカー会社の不都合で車が借りられなくて、泣く泣くパリへとんぼ返りしたことが甦ってきた。
今になって、彼の料理を食べられなかったことをとても後悔した。
今朝の興奮は、僕が福岡の料理の専門学校へ通っていた頃、感動して買ったオテル・ド・ミクニの三國さんの本を手にした時とまさに同じ気持ちだった。それから8年以上が経つが、このような新鮮な気持ちになれたことが嬉しく、大事にしたいと思っている。
26.02.2006「5ヶ月を終えて・・・」担当:好井
フランス・ブザンソンより〜
今日で学生生活を終了します。ほぼ5ヶ月になります。
少しはフランス語も上達し、単語力はまだまだ足りませんが日常会話はある程度出来るようになりました。
フランスでの目的の半分を終え、残りのさらに大きな目的の扉を開けます。
多くの壁が待ち受けていることでしょう。今からワクワクしています。
僕の最初の考えでは、仕事が可能なビザの取得を念頭に置いていましたが、外国人としての現実を知り自分を見つめた上で、方向を変えることにしました。
お金をもらって仕事をするのではなく研修をしようと。学生ビザには仕事をする権利が無いので。
(極少ない時間のアルバイトは可能)
このフランスでの滞在のために少しずつ貯めた7年間の財形貯金と相談しながら、辛い思いを含めた多くの素晴らしい経験をして帰りたいと思います。
ここブザンソンからの日記は、学校のパソコンを利用していたので可能でしたが、これからはなかなか書けなくなりそうです。インターネットカフェからたまに送れるようにしますが・・・
この5ヶ月間の素敵な思い出は両親を始め、僕を支えてくれ、応援し続けてくれている多くの方々のおかげだと思い、心から感謝しています。ありがとうございます。
これからも気を抜かず、精一杯楽しみます。成長して日本へ帰れることを祈って。
好井祐輔
25.02.2006「フランス2話」担当:藤野
トリノの荒川選手の金メダルすごかたですね!ウォーミング・アップ」の段階からファイナル6名の中で、ひと際存在感があって優雅でした。
他の選手がジャンプなどで失敗を繰り返したり、飛ばなかったりしているのに、彼女は普通にこなしてたて感じ・・・・素晴らしい!
さてフランスからの便り、ひとつは「ホワイトアスパラガス」の収穫が始まったようですが、まだまだ現地では寒さが続いており全体に細めです。これも3月10日ごろころからは徐々に太くなると思います。3月になったら一度サンプリングします。ご期待ください!
二つ目はフランスにおいて「鶏インフルエンザ」が発生して、日本への家禽の鶏肉と内臓類が一時出荷停止の措置を農水省が決めました。
これによりフレッシュの肉ともっとも使っている「フォア・グラ」が使えなくなります。ハンガリー産か他のEU産の物に変える必要が出てきます。
どのくらいの期間続くんでしょうか?今のところ輸入業者の在庫も十分なので大丈夫でしょうが長引くとつらいですね。
「好井の研修先の事で一言」
好井の研修先も偶然かもしれませんけど、ある意味必然だったのです。
僕自身は十分予測できたことで、彼には何度も「自分でドアは叩くんだよ!」いい続けました、しかし周りの親切なフランスの人たちに囲まれてその事をちょっと脇に置いてた事に気がついたんですね。
しかし親切なフランス人が不親切な人たちでは無いんです!難しい条件があり、話を持ていく先々で同じような事を話されて、わかっている好井に直ぐに話す事が出来なかっただけなんです。(想像)
一番ほっとしてるのは彼らだと思います。
それと「必然」書いたのは、好井がフランスに行くならブザンゾンにと仕向けたのは「一番はフランス語の勉強」「2番目はカストールのスタフだった人を受け入れた店」この2点でした。
「サン・ピエール」まだパトロン・シェフにお会いした事はないのですが、ここには一時在籍した神戸でパトロン・シェフで繁盛店をやっている「宇野君」が働き、カストールで同時期働いた関係で宇野君の紹介で学校に通いながら「橋口夫婦」は1年以上そこでいろんな事を体験し勉強しました。
そんな事が背景にはあるのです。このことは好井の先輩達が、今も「サン・ピエール」と繋がりが有るということが、彼らと繋がりがある奴だったら大丈夫だろうと「研修」受け入れたのでないでしょうか!
僕でも同じようなう考えで「研修」「雇用」受け入れています。あとは好井の誠心誠意とがんばりで信頼を勝ち得てください!
そしてココが一番大事なこと「先輩達に返すんではなく」「次にフランスで勉強したい、未来の好井の後輩達に道しるべ」を付けててほしい。
これが僕の希望です!!!!!
シェフ、お久しぶりです。
待ちに待ったフランス修行の後半(本番)を始めることが出来、喜びで満たされています。
なんと、橋口さん夫婦が働いていたレストランです。
フランス・ブザンソンより〜「春がやってきました!!」担当 好井
先週からブザンソンは少しずつ暖かくなり、冬の終わりを告げています。
そして、僕にもやっと春が訪れてきてくれたようです。
なぜなら、レストランでの修行が始まったからです。
この日は、僕にとって待ちに待ったものでした。
一ヶ月ほど前から研修の準備を始め、最初は知り合いの二人のフランス人からの提案であった、「今度、僕の友達である、レストランのシェフを紹介するよ!!」という言葉に期待と感謝をして、待つことにしました。
ところが、一週間・二週間と時が過ぎても、どちらも話は一歩も進まず、催促するたびに「今週、今週連れて行くから!!」という返事。
待つだけの毎日を過ごすしかなく、(何をやってるんだ!俺はフランスへ何をしに来たんだ!?)ということを自分に何度問いかけただろうか。僕は、この期間に大切なことを学んだような気がします。
自分の人生の扉は自分で開けなくては、ということを。そこで方向を変え、自分で直接レストランへ研修の申し込みをすることにしました。
もちろん、スムーズには決まりませんでしたが、自分で動いていることに満足感を感じていました。人に任せ、なかなか一歩が踏み出せないことを人のせいにしなくていいので、気分が何倍もスッキリするものです。
研修のお願いを断られても、厨房を見せてくれたり話をしてくれたり。素敵な時間でした。
5軒まわって、やっといい返事がもらえたのですが、そのレストランはカストールの先輩である橋口さん御夫婦が働いたことのあるところで、橋口さんに勧めてもらっていた場所でもありました。
何か繋がるものを感じさせてもらいましたね。ということで、今日が初日。前半(ランチの営業)が終わり、何とか僕のフランス語も役に立っているようで、学校に通った5ヶ月間に満足し、この暗かった一ヶ月弱の時間を取り戻すためにも、がんばります。
また報告いたします!!
お疲れ様です。先日はお電話ありがとうございました。 早速昨日 フランスにメールを送ったところ(ホームページがあります)返事がきました。電話もおもいきってしてみました。
好井君とはしゃべれませんでしたが、彼のことを歓迎していました。こちらのメールにも好井君から報告がきてました。良かったです。
最初の研修先としては良いところだと思います。料理の完成度は満足できないにしても、市場に一緒に行ったりメニューの提案などしてみたらやらせてくれるかもしれません。
私たちがいた頃とスタッフも、かわっておらず温かい人たちです。
それでは、まだまだ寒い日が続いておりますので御身体に気を下さい。
橋口
28.02.2006「フランス・ブザンソンより〜『スタート』」担当 好井![]()
フランス滞在の一番の目的である、レストランでの研修。一週間が経過し、多くのものが見えてきた。というのも、仕事自体には壁を感じず初日からやってきたが、フランス語はやはり難しい。
少しずつ皆と話せるようになってきて、時間の流れや、料理の提供の仕方などがわかり、反射的に体が動くようになってきた。ただ、肝心な所がまだまだである。
今夜のサービスは月曜日というのもあり(フランスのレストランは日・月曜日休む所が多い)、予約が少なく、少人数で行なった。いつもは厨房で4〜5人のところ2人である。そのうち一人は僕なのだ。
ところが予想外にお客さんが入り、かなり忙しかった。厨房の中で働くと言う事はまさにスポーツをやっているのと一緒であり、頭と体の回転を早くしなければついていけないのだが、こういう状態でのフランス語でのやりとりはさすがにスムーズに進まない。
特に、失敗をしたり、料理を出すのが遅れたわけではなかったが、フランス語さえわかれば・・・・とつくづく感じさせられた。厨房内でのフランス語というのはとても早く、短い単語が飛び交う。それぞれに役割があり、次に何が来るかだいたい予想は付くのだが、僕のフランス語力には迷いが付きまとう。聞き返さねばならない場面が多々あったので、今日の帰り道は悔しい想いでいっぱいだった。
課題はやっぱりフランス語である。できる限り頭の中から日本語を追い出さなければいけないようだ。
《研修先であるレストランの紹介》
名前は、サン・ピエール。魚料理が売りの店であり、的鯛(マトダイ、もしくはマトウダイ)の事をサンピエールと呼ぶので、それが理由なのかと思っていたが、前の持ち主であった人がキリスト教の祭りであるサンピエールという意味合いから付けたその名をそのまま受け継いだそうだ。
18年目に入るこのレストラン、オーナーはシェフとサービスを担当している、以前は医者をやっていた人の二人で、席数最大60席、サービス6名・厨房4名+僕・デザート担当1名というメンバーの、素敵な絵がたくさんあるレストランである。ブザンソンでは高級店の中の一つ。
料理に関しては、伝統的なものもあり新しさも感じられるシンプルな料理で、デザートも美味しい。日本人の僕には丁度良く、魚介が多いのですぐに仕事に馴染めた。
先輩である橋口さん御夫婦のおかげで、皆との関係もとても良い。最初は一ヶ月の研修をお願いしていたが、学ぶ事はたくさんあると思ったので延長を申し出たら、シェフも喜んでくれた。
13.03.2006『少しずつ・・・』担当 好井
フランス・ブザンソンより〜
春到来を楽しみにしていたのに・・・積雪40センチ強!!
3月に入った途端、雪が再び降り始め、一昨日の積雪量は40センチを超え、一面真っ白。
雪の重さで木が折れているのをいたる所で目にしている。ここブザンソンでこんなに雪が積もるのはかなり珍しいようだ。
研修、3週目に突入。
僕がお世話になっているレストランは、いつも結構混んでいて、週末(金・土曜)の夜は常に満席らしい。先週は見習いの料理人が一人学校での授業の為欠けていて、週末の忙しさに疲れがどっと出て、雪のせいもあり日曜日の休日はゆっくり休んだ。
学生生活が長かったので、体力がかなり落ちているのを感じる。早く取り戻さねば。
フランスで感じさせてもらっているのは、もちろんレストランやシェフの考え方により様々だと断っておくが、日本と違ってどんどん仕事を与えてくれる。
最初は尋ねられ、そして「やってみろ!」と言われる。やってみて、思い通りにいけば、その仕事を任せてくれるのだ。よって、魚を焼いたり、盛り付け、ソースをかけたりと多くのことを。フランス語が操れないだけに緊張感は大変なものだが、日本だとこんな簡単にはいかない気がする。
どちらが良いとは言わないが、多くの日本人の料理人がフランスへ修業に来る一つの理由だと思った。そして、こちらが知りたいと訴えると惜しげもなく丁寧に教えてくれる、しかも嬉しそうに。これには、僕の先輩方の信用がかなり大きく反映されているが、“これがフランスなのか”と思わずにはいられない。
多くを経験できるから、フランスで何年も修業する人が多いのには納得である。
細かい仕事について説明すると、日本と比べると作業は荒いが、スピードはいつも数をこなしているだけとても早い。そして、仕事のスピードの違いとして、皆早く仕事を終わらせて帰りたい一心でやるからというのもかなり大きい。
魚の卸し方はかなり違う。
日本で同じ様にやると許してもらえなさそうだが、これまた早いのだ。帆立貝の掃除のやり方なんて信じられないほど早く合理的である。
フランス人が生み出したフランス料理に惚れ込み、今フランスで料理をやっているのなら、やはりフランスのやり方でやらなければならない、覚えなければならない。
そう強く思う。もちろん気持ちも近づくように。
ただ、下ネタの多さだけは真似出来ない。(注:もちろん個人差による。)
話を振られていつも困る・・・・
フランス・ブザンソンより〜
レストランで研修を始めてもうすぐ一ヶ月になる。
この3週間日本語を口にしていない。もちろん頭の中で考える時は日本語が断然多いが、口からフランス語が自然に出てくるようにするために我慢している。
なぜなら、フランス語力が足りない。「フランス語さえわかれば・・・」と心の中で叫ぶ事が常である。
フランス人は、おしゃべりの人が多く、賄いの時間の会話は何となくしか分らない。
仲間内の間ではargo(アルゴ:隠語)を多用する。これは、考えてみると日本語にも結構有るが、より頻繁に使うような気がする。例えば、子供のことを、アンファン。アルゴにすると、エゴスと言ったりギャマンという。
最初は何のことか全く分らなくて、質問ばかりしていた。学校や家庭では聞いた事の無いアルゴを良く耳にする。
これが名詞などの単語なら分りやすいのだが、ことわざのような熟語の表現方法になると頭が痛い。
ホストファミリーのおばあちゃんと話す時使ってみたら、「どこで覚えたの?その言葉!!良くない言葉よ!」って言われた。
今、少しずつではあるが、フランス語が反射的に出てくるようになってきたので(最近までは、フランス語を聞き、日本語に訳し、さらにフランス語に変えていた。)、もっともっと慣れなければならない。ということで、出来る限り日本語に触れないようにしている。
仕事には馴染んでは来たものの、予約のお客さんの数を把握し、準備をする時いつも確認しなくてはならないことと、フランス語での記憶力がとても悪い(特に数字)、そして、今僕のほかに16歳の研修生がいて、その彼に指示を出す時困る。
「何て言ったの??」と聞き返されると恥ずかしい気分になるからである。
自分の立場。外国人であり、勉強させてもらっている身。言葉に壁があるためシェフや仲間も説明に時間がかかる。
だから、厨房内では誰よりも走っている。(急いで仕事をこなそうと心がけている)
一つの仕事が早く終われば、次に何かが出来るから。経験できる事は一つでも多い方がいい。
僕を受け入れてくれているシェフへの感謝も含めて。
それに、太った分を減らすすためにも。
27.03.2006「やっと春が・・・」担当 好井
シェフ。こちらもやっと春らしくなってきました。朝晩は寒いですが、昼間はコートが要りませんね。
今、フランスで問題になっているデモ。ブザンソンでも学生が盛んに行なっています。考えさせられますね。
フランス・ブザンソンより〜
先日の日曜は久々にすっきり目が覚め、気分が良く、レストランの同僚に聞いた【ブザンソンの美味しいパン屋】まで、足を運んだ。春の訪れを感じる日差しと空気を浴び、脇にフランスパンを抱え歩いた道のり、すがすがしい朝だった。
その後には、ホストファミリーと一緒に庭の手入れをした。クワを片手に、花や野菜の準備の為に雑草を抜いたり土を耕したり。小学校2年生の時に先生に「お前は農家の素質があるよ。大人になったら農家をやれよ!!」と言われ、張り切って授業の前にクワを持って、一人でサツマイモを作っていた学校の畑に行っていたのを思い出した。その時は、将来農家をやろうと思っていた事も。
今僕がお世話になっているシェフは、とても良くしてくれていて、新しい料理の仕込を始めるときは「ユウスキ(本当はユウスケ)、こっちにおいで!!これは・・・・・」と熱心に教えてくれる。
時には知っていることもあるのだが、必ずきちんと聞くようにしている。会話や質問が出来るし、その中に含まれたシェフの考えや想いが伝わってくるからだ。
彼はドイツ人で、言葉が不自由な僕の立場を良く理解してくれるし、僕が何をしに来たのかを計ってくれている。熱い心を持っている人だと思う。
フランス料理のレストランには、だいたいシェフがいて、2番手のシェフがいる。2番手のシェフはシェフの代わりが出来る人のことなので、時にシェフがいない時はその人が厨房を仕切る。
今日の夜の営業は、その2番のシェフがいなかったので(一週間のうち一日だけ、早上がりの日を皆もらう。僕を除いて。)、シェフと僕が食材の火入れや、料理の仕上げを担当した。
とにかく・・・興奮した。緊張感はもちろんだが、あ・うんの呼吸と言うのだろうか、忙しい時間を汗をぬぐいながらこなした。見た事はあるがやった事のないことを任せてくれたり、「とてもいいよ!」と言ってくれた。
今までカストールで教わった事とやってきたことに感謝である。
料理人として喜びの時間とはまさにこういう瞬間だと僕はいつも思う。スポーツをやりながら頭の中をぐるぐると回転させるような状態で、人の動きを見ながら先を読み行動する。運動して汗を流したときと同じ様な気分で気持ちがいい。仕事上がりのビールが欠かせないのは、そのせいだ。
そして、今ビールを飲みながら書いているのだが、満足感のおかげでとても旨く感じる。フランスで飲むビールは、日本のものと比べ炭酸がかなり弱く、僕には物足りなかったが、仕事上がりのそれは「このために生きている!」と思わせる。
そうそう、僕の名である「ユウスケ」。フランス人には覚えにくいらしい。最初の頃は「ウイスキー」とよく間違えられたので、最近はそう説明するようにしている。
「ウイスキーみたいなものだ!」と。そうすると覚えてくれる。たまにシェフのように「ユウスキ!」と間違えられるが・・・・
08.04.2006「パン・チーズ・ワイン」担当:好井
フランス・ブザンソンより〜
ここ2週間ほど、雨とデモばかりでどうも気分が晴れなかったのだが、今日一ついいものを見つけた。
《フランスの桜》である。
赤みが強く、遠くからだと分らなかったが、花びらの形といい茎の伸び方といい、どう見ても《桜》だった。一番好きな花だけに笑顔が弾けた。日本の春の知らせは、僕にとって梅・桃・桜などの開花だが、フランスは小鳥の鳴き声のように感じる。
花はまだあまり目立たない。毎日レストランへ向かう道のりに公園を横切っているのだが、天気の良い日は鳥たちも喜んでいるように歌いだす。明らかに2週間前と違う。待ちに待っていたようだ。
ところでフランスといえば、パン・ワイン・チーズを思い浮かべる人が多いのではないだろうか。
フランス料理をやってるくせに、パンよりも米を愛するので、日本にいたときは「あー、パンが食べたい!」などと思った事がはっきり言って無い。
新米の時期にウキウキするほどだから、フランスの生活で心配していたのは日本食が恋しくなるのではないかという事もその一つだった。しかし、不思議な事に未だそう思わない。朝食のパンとジャムやシリアルが日常になってきたぐらいだ。今はシリアルが大好きである。
日常・・・。そう、フランスではパン・チーズ・ワインが日常なのだ。
それはとても大切な事だと思う。毎日の事だから、いろいろなことが見えてくる。日本人が米や味噌・漬物にうるさいのと同じで、いつも口にしていると自分の好みが明らかになってくるし、微妙な違いが分かるようになってくる。僕にもやっと分かってきた。
土曜の昼と日曜が休日なので、その日の朝はパン屋へ行く。最近の習慣だがとても気持ちが良い。しかも焼きたてのバゲットはやっぱり旨い。そしてチーズ、ワインもほぼ毎日口にするもの。最初は贅沢に感じたものだが、高いものではないし慣れてくると普通に感じる。
そこから、旨さが分かってくる気がする。
ただ、分かったからといって日本ではかなり難しい。日常にするには値段が高すぎる。
パンは美味しいパン屋がたくさんあるが、チーズとワインはフランスより状態が良いことは無いだろう。(なんせ輸入のため。)そして気候が違うのも大きい。(あまり関係ないが、個人的に夏は枝豆にビール、冬はあったかい鍋とビールが欲しくなる。)たとえ、まったく同じ味のパンが日本で買えたとしても、感じ方は絶対的に違うと思う。
そうそう、三つとも発酵の力によるものである!!
なぜこんなにもこの3点の相性が良いのかと思えば、それが一番の理由かもしれない。これだけで十分な食事になり、アルコールによって気分も盛り上がり、楽しい時間が出来上がる。
フランス料理の奥深さのベースには、この力強い3つの発酵食品がしっかりとしているからなのだと思わずにはいられない。うーん、なるほど!
フランス・ブザンソンより〜
4月のブザンソンは気温の変化が激しく、たまに雪が降る。それを<4月の霜>と言う。
天気が良い日の昼下がりはTシャツで歩く人を見かけるが朝晩は冷え込み、気をつけないと風邪を引いてしまう季節のように思う。フランスで風邪を引くとかなり長引くので要注意だ。
僕のブザンソンでの研修は残すところ10日。
もう2ヶ月を過ぎたとは思えないほど、時を早く感じる。5月からは同じ地方の大きなレストランでの研修が決まり、引越しの準備もしないといけない。とはいっても、旅行鞄一つで移動できるのでたいしたことないが、この場所を離れる準備を考えている。たくさんの人と出会い、喜びの笑顔を与えてもらったので。
来週は最後の一週間。
パティスリー(デザート)を勉強させてもらうことになっている。
そこのパティシエである彼はとても面白い人で、仕込みの時間はいつも大声で歌っていて(いつもの事なので誰も相手にしないが、僕は笑いをこらえられない)、明るくムードメーカー的な存在。自転車が大好きで、チームにも入っているのだが、この間のランチ終了後の中間時間に自転車で100キロ以上走ってきて疲れたとか、20キロのマラソンをしてきて筋肉痛になったなどと嬉しそうに話す、信じられないぐらいタフであり、いつも人生を楽しむこと考えている。人間的に僕は興味があるのでたくさん話をしてみようと思う。
残り時間が少ないことを考えると、さすがに残念である。
少しずつ仕事の幅が広がってきたところであるし、皆とも楽しく話せるようになってきた。料理だけでなくフランス語も教えてくれ、多少はレベルアップしたと感じて感謝し、最近は僕が日本語を教えている。サービスの人達は僕が料理を渡すと、「アリガトウゴザイマシタ!」と言う。ちょっと嬉しいものだ。
最後まで一生懸命走ろう!
それだけは忘れずやってきた。さすがに週末は疲れがたまるが、その分のお返しはシェフやスタッフからたくさん受け取っている。いろいろなことを知りたがる僕に賄いで作ってくれたり、丁寧に教えてくれたり・・・。素晴らしい経験だといつも思う。だから気持ちが走るための力になってくれているのだ。
フランス・ブザンソンより〜
素敵な夜だった。
金曜日の夕方、久しぶりにネクタイを締め、少し緊張気味で研修先のレストランの入り口の前で待っていると、オープンカーに乗ったシェフが現れた。
今夜は僕の次の研修先である、ブザンソンから50キロ程離れたアルボアという街にあるレストランへ食事に行くことになっている。
オーナーとシェフと3人で。(シェフもオーナーであるのだが分かりにくいため、シェフとオーナーと書くことにする。)
とても運が良いと思う。
なぜなら、この3人で食事へ行くことでさえ特別なのに、たかが研修生の僕を連れ、顔合わせもあり招待という形であったし、日の長くなった雲の見当たらない夕方にプジョーのピカピカのオープンカー(ちょっと強調したい!なんせ初めて乗るオープンカーなもんで。)に乗り、田舎を目指す。
後部座席だったので風が強すぎたが、そんなことはどうでもよく、喜びで気分が高揚していた。まぶしい夕日を横目に幾つか山を越え、ブドウ畑の丘を眺めながら嬉しくて一人隠れるようにニヤニヤしている。
(隣の県であるジュラ県のアルボアという町、ジュラはこの地方の中ではワインの有名なところである。ちなみに僕が住んでいるのはドゥー県のブザンソン。)
そのレストランはアルボアの中心に位置し、しっかりとした造りで空間を贅沢に使っている。
今夜は一応僕が主役のようで、3人の真ん中の席へ通してもらい、メニューを眺めながらシャンパンを飲んでいると、マダムとムッシュー(その店のオーナシェフだが、僕の隣にもシェフがいるので紛らわしくないように。)が、僕達のテーブルへ来た。
僕以外は顔見知りであり、友達同士のような挨拶と会話が弾み、今度は僕の番だった。
背筋を伸ばして立ち上がり、握手をし、自己紹介を笑顔でした。
ムッシューはどう見ても緊張している僕に『あなたと会えてとても嬉しい』という優しい言葉をかけてくれ、『どうぞ、お座りください。』と言って腰を下ろさせ、少しだけ話をし厨房へ戻っていった。とても大きな手だった。
オーナーが美味しいワインを選んでくれ、料理が運ばれてきた。
どれも美しく「オー!」と声の出る盛り付けで、味が良いのはもちろんのこと、好奇心いっぱいで「これはなんですかねー?」などと話しながら進んでいく。
僕の口数もアルコールによって増えていき、楽しくなってくる。デザートの後はオーナーがタバコを吸うために場所を変え、2人の勧めで良いポワール・ウイリアムス(洋梨のブランデー)を楽しんだ。
すでに11時半を過ぎている。最後には、掃除の行き届いた厨房を見せてもらい、酔っ払ったシェフの運転で帰った。
家に着いたのは1時をまわっていたが、興奮してなかなか寝付けない。
「よっしゃ!」という意味不明の掛け声を自分にかけてから眠ることに集中したのだった。
30.04.2006「パリでのバカンス」担当:好井![]()
パリでの日記です。
今時間があるのと、これからは本当にメールをやり取りするのも難しくなるかもしれませんのでまとめて送ります。
<その1>
僕の研修先が一週間のバカンスに入ったので、久しぶりにパリへ来た。
東京からでもブザンソンからでも、パリへ出発する前夜はあまり眠れない。
僕はどうしても春のパリへ来てみたかった。
なぜなら、いつも1月の寒い時期であったことと、教科書に載っていたフランス語の歌に『♪私の好きな5月♪〜』というフレーズがあったからだ。
朝の7時過ぎにブザンソンを出発し、10時にパリ到着。約束までに少し時間があったので、ラデュレのマカロンを食べに行こうと思い、ルーブル美術館とコンコルド広場の中間にあるチュルリー公園でメトロ(地下鉄)を降り、シャンゼリゼ通りまで歩くことにした。
悪臭の漂うメトロの出口を抜け、階段を足早に青空を目指して上って行く。幸運にも天気に恵まれ、色とりどりのチューリップとマロニエの緑に囲まれた、きれいに整えられているチュルリー公園をゆっくり歩く。1月のパリとこんなに違うのか!というくらい違う。
どんより曇った空のイメージだったのが、青い空から太陽が照りつけ、花と緑がたくさんで明るい。半袖にサングラスの観光客もいっぱいで(僕にはジャケットを着ていても涼しく感じられたが・・)雰囲気がどこか楽しい。
溜息の出るほど美味しいマカロン(コーヒー味)を大事に食べながら歩き、すでに春のパリを知ってしまったかのような満足感でいっぱいだった。
<その2>
パリのパンと菓子はどうしてこんなにも旨いのだろう!!
同じフランスでもここまで違うとは驚きである。
ただ、パリはどうしてこんなに高いのだろう!!
ブザンソンの2倍ぐらいの感覚で、しかもカフェの店員の感じが悪い店が多い。(あなたは誰に怒っているの?と聞きたくなるくらい)
パンで驚いたのは、今年のバゲットのコンテストで優勝した店のバゲット。パリッとした外側の皮の部分は意外に厚く、中身はモチモチしている。このバゲットだけでバクバク食べてしまう(しまった)。大袈裟かもしれないが「こんなバゲットが存在してたんだね。」とそのパン屋さんに言いたくなってしまった(まあ、言えないので言ってないが・・)。友人とそのパン屋を目指して行ったし、焼き立てだったからよほどだった。
菓子はメゾン・ド・ショコラのチョコレートケーキとパリの外れのそんなに高くないお菓子屋のケーキ、やはりマカロン!さすがである。
値段に関して言うと、アンジェリーナのモンブランが着席ではあるが6ユーロ、感じの悪いカフェでの美味しいと言えないグラスの生ビールが4.5ユーロ。高い・・・
<その3>
ふと、フランス語を話したくなった。
このように思ったのは、8ヶ月間フランスで生活し、初めてのことだ。
原因はパリ4日間をほぼ日本語で生活し、おしゃべりである僕は度が過ぎるほど日本語を話してしまったから。そして、パリの楽しさに疲れてしまった気もどことなくする。
話したくなったとは言っても、恥ずかしながらそれほど話せるわけではないが、フランス人の家で一緒に生活し、レストランで研修をしている僕にはそれが日常だからであるし、もしかしたらこの数日で、フランス語を忘れてしまったのではないかという不安に駆られたからかもしれない。
日本人の友達に借りたとても面白い小説を、ブザンソンへ向う電車の中で読み終え、窓の外に目を向けると、茶色の牛たちが暖かい太陽の下で、青々とした気持ち良さそうな芝生の上に腹を伏せて休んでいた。
当たり前だが、『ここは日本ではないな。。。』と冷静に思った。少しの間、日本語によって、ここがフランスであることを忘れてしまっていたようだ。
僕の後部座席から、若い綺麗な声の女性が携帯電話で話し始めた。集中して聞くと、その人が何を言っているのか理解できたのでホッとし、フランス語を頑張ろうという気持ちになった
シェフ、お元気ですか?
ジャン・ポール・ジュネでの研修を始めて一週間になります。フランス語のおかげで順調なスタートを切りました。
ちょっと長いので、2回に分けてアップしてください。宜しくお願いします。
『次の一歩へ・・・』 担当 好井
フランス・ブザンソンより〜
・・・ブザンソンでの研修を終えて・・・
3ヶ月弱お世話になったシェフ・パトロン・スタッフにお礼を言って、満足の気持ちでレストランをあとにする事ができた。あっという間に思うが、多くを学べたと言える。
ここで一番僕に響いたのは、なんといってもシェフの姿勢だ。なぜなら、誰よりも頑張って働いていて、皆が嫌がること(例えばトイレ掃除)も率先して行なうし、朝・昼に食材の買い物に出かけ、中間の休憩時間には一人で仕込みをする事もあり、一生懸命さがにじみ出ている仕事ぶりだった。
料理はシンプルだが、魚の火入れやソースは僕にとって新鮮であり、勉強になった。
フランス語にも感謝で、よくカストールの先輩である・橋口さん夫婦が残していってくれた辞書を使って、綺麗でない言葉も含め丁寧に教えてくれたからだ。それに見習いのピエール(23歳)と毎週末、ビールを飲みにバーへ行ったことも僕のフランス語力を伸ばしてくれた。
レストランとしても僕は気に入っていて、絵・雰囲気・サービスなどなど参考にしたい部分も見つけた。
日本へ戻る前には一度食事をしに行こうと思っている。客として行くとまた違った角度からものが見えるから。
話は反れるが、感覚的に面白いことがあったので少し・・・
ある日、フランス中を回っている移動遊園地がレストランの近くの大きな駐車場に来ていて、仕事上がりにピエール(残念ながら男)と行った時のこと、彼が綿あめを売っている小さな露店に歩いて行ったので付いていくと、紙に《barbe apapa 2euro》と書いてあるものが目に入った。
《barbe a papa バルブ ア パパ》とは、パパのヒゲ(ほおやあごの)という意味で、(もしかしたら、綿あめのことをパパのヒゲと言うのかも・・?)と思い、彼に確かめてみると、フランスではそう呼ぶのだそうだ。言われてみると分かる気がする。
サンタクロースの仮装だって綿を付けるし・・・。僕だけかもしれないが、どこか面白くて笑ってしまった。綿あめって言うより可愛らしい感覚だなあってことで。
そして、次に考えたのが《バーバ・パパ》。あの太った瓢箪みたいな形のイラストのバーバ・パパ。(ひげは生えて無かったよなー??)と思いながらもインターネットで調べてしまった。予想通りひげは無く、残念ながら詳しい事は分らなかったが関係なさそうだった。
『新たな気持ちで・・・』
アルボアより〜
次の研修が始まり一週間が過ぎた。
シェフ(ブザンソンのレストラン)の車で、アルボアにある次の研修先であるレストランまで、重い旅行鞄と一緒に送ってもらった。
挨拶をし、僕が3ヶ月間生活する部屋の案内があった。
まず驚いたのが、日本人が僕の他に2人いることと、窓の無い部屋のタバコ臭さの染み付いた暗い部屋だった。
3LDKのアパートで僕を含め3人の日本人と1人のフランス人が生活する。
新人である僕にはその部屋が与えられ、タバコを吸わない僕にはかなりきつい匂いだが、恵まれていたブザンソンと違って、“やっと修業らしくなってきたなー!”などと少し楽しい気分になった。
到着したあとすぐに研修を始めることにする。
一人ずつに自己紹介をし、フランス語のおかげですぐに溶け込むことができた。
その翌日の朝、情けない事に生ハムを切る大きな電動のスライサーで指先を軽く落としてしまい、自分にため息をつきながらも気を取り直して仕事に打ち込んだ。
大きな厨房なのと、料理が複雑なので覚える事が大量だ。
そして、とにかく走り回らなければならない。倉庫や冷蔵庫が少し離れた場所にあり、階段を駆け上がり走って物を取りに行く。かなりの疲労だが、走り回っている自分を見て、いろんな意味で5、6歳若返った気がしている。もちろん少ない休憩時間にはベットに横になっているが・・
ここは週休2日で、コックコートと靴を新しく買うためにブザンソンに来ていて、日記を書く事ができた。
アルボアは小さな町なのでインターネットカフェなんてものは無いらしい。
ただ、とても綺麗な所で来週散歩をするのが今から楽しみである。
詳しくは次回に・・・
17.05.2006「苦しい壁」担当:好井
【フランスでの滞在も残す所少なくなりました。この日記は僕にとって、とても大切なものであります。思ったことを言葉にする事は、よりはっきりとした理解と達成感があり、残す事で自分を振り返ることができるからです。そこに感謝しています。】
アルボアでの研修が始まり2週間が過ぎた。
一週目とはうって変わって辛い日々が待っていた。
僕のポジションというのは、ガルドマンジェという前菜を主に担当する所。
一週目は分らないことだらけで当然だったが、今週は厳しかった。
即戦力となることが必要で、一度教わった事は完璧にできることを求められ、できなければ責められ、洗い物ばかりをやらされたり、奥の方で刻み物を命令される。信用が全く無く、変な事で疑われてしまう始末だ。
嘘でも苦しくないとは言えない。
言葉の分らない外国人という目で見られ、悔しくてしょうがない。ただ、これが現実なのだろうし乗り越える以外に道は残されていない。考え方を変えれば、これによって成長できるのではないだろうか。
ランチの営業が終わると、暗い部屋の中で、自分のミスで怒られている風景が勝手に頭の中で繰り返される。その度《チクショー、チクショー!!》と拳を握り締める。
ミスした自分を責めるのと同時に、大きな緊張感で包まれ、時計ばかりを見つめてしまっていた。
僕はこれも大事な勉強だと思い、この先の僕の中での大事な経験として残っていくだろう。そして、この壁を打ち砕いていくだろう事を期待する。《絶対にに乗り越えてみせる!!》と心の中で叫びながら・・・
とにかく、とにかく、頑張るしかないのだ!
07.06.2006「苦しい壁2」担当:好井
研修3週間目の終わりに、その「壁」を乗り越えることが出来た。
「お前には絶対負けない!」という気持ちで臨んできた。
「遅い!」だとか「急げ!」などと言わせたくない、文句のつけられない動きと仕事ぶりを目指してきた甲斐があったものだ。
少しずつではあるが信用されるようになってきて、それまでは僕の目さえ見て話してくれなかったのが、目を見てくれ、時には冗談を交わせるようになった。
ここでまだ続ける僕にとっては重要なことだし、何よりも嬉しかった。
「壁」というのは、僕がそれを「越えるための目標」として認めたもの。乗り越えるか、避けるかの二つに一つ。
そして、それはいつも何かを与えてくれるものだと信じている。
なぜならそれは大抵「初めての経験」なのだから。
とにかく、一つは自分で打ち砕くことが出来た。
もちろんまた新たなものは現れるだろうが、気合いで何とかしていくしかない。まだまだ小さな自分を成長せせるために。
仕事上がりの安ビール(250cc・10本入りで1.7ユーロだから、一本あたり30円程度のもの)を格別なものに感じるためにも。
07.06.2006「エクルビス」担当:好井
フランス・ブザンソンより〜
ということでブザンソンに休日を利用して戻ってきている。
フランス人の父の存在であるフィリップに会うためと、日記とリラックスのために。
先週の休日はアルボアにいたのだが、散歩を始めて10分で雨が降ったきたりと天候に恵まれず、家の中でどんよりと過ごすしかなかった。せっかくだったら楽しく休日を過ごしたい。
今回は、幸いにも青空に囲まれて何度も歩いた川岸をゆっくりと楽しむことが出来、昨日は知り合いの画家のアトリエを訪れることも出来た。昨夜の食事はもちろん僕が担当して・・・
アルボアでの研修が一ヶ月を経過し、多くのことが分かってきた。
ブサンソンでの親切な対応と違い、星付きの大きなレストランにはどこにでも日本人がいて(今のレストランには僕を含め3人)言葉の不自由な僕たちの扱いにも慣れた所での立場、短期間の研修生である僕の場所。スピードと人にも。日本では経験できないことで溢れていて、受け入れられるものは受け入れていこうと思っている。
話を変えて・・
「ザリガニ」フランス語ではエクルビスというのだが、それを使った料理をスペシャリテとしているレストランなので、大きな水槽が2つあり、一つにはザリガニ、もう一方にはオマール海老と牡蠣。
そのザリガニの下準備を今担当している。ザリガニを触るなんて小学校の低学年以来で、初めは嬉しかったが今は彼らにいじめられているようなもんだ。
なぜなら、油断してると彼らのハサミに挟まれるし(血が出ることもある)、背わたを抜く・蒸す・殻をむくという作業の、殻をむく際に尾の部分の尖ったものが僕の両親指を刺し、無数(数えてないだけ・・)の傷を作る。
多い日は250匹とかいう単位である。今はその痛みにも慣れ楽しめるようにもなってきて、さすがにスピードもアップした。100匹の彼らを15分程度で終わらせてしまわないといけないからだ。
ザリガニだったら任せてくれ!・・・そんな今日この頃である。
好井君のフランス便りをいつも拝見しては、10年前の私達を想いおこしています。彼と同じように過ごしたブザンソンでの一年間。
シェフ自らがドイツ人(外国人)な為、ほんとに親身になって接して頂き、温かい人々に恵まれてすごしました。
さあ、2年目。主人の譲れない労働条件は、夫婦2人を雇い入れてくれるお店を探すこと。当然お店探しは、困難を極めました。
はがきを送り続けること30〜40通。やっと受け入れて下さると言う返事をもらいました。
ストラスブルグの町外れにあるイルキルッシュと言う街のひとつ星のレストランでした。
雇う側もひとつの賭けだったと思います。
誰の紹介があるわけではありませんでしたから。好井君が今、厳しい状況の中、自分自身を奮い立たせているように、あの時は主人も必死だったのを覚えてます。
朝は、誰よりも早く出勤するために、待てば車で送ってくれるところを朝早く出掛けていました。周りの仲間は、私に『早く行くから仕事をたくさんさせられるんだ。バカじゃないのか』などと首をかしげていました。
『これが日本人なんだよ』といつも答えていました。主人は自分の限界が知りたいからと頑張っていました。
8ヶ月が経ってみると保守的だったアルザスの人々も心から信頼してくれていましたよ。
好井君も今、自分自身との戦いの様子がとても伝わってきます。
このメールを彼が読むことが出来るかわかりませんが、日本の熊本からも同じ体験をした夫婦が、エールを送っています。
頑張ってください。
嬉しいことがあった。
それは、2つの僕に届いた応援メッセージ。一つはカストールとブザンソンの先輩である橋口さんから、もう一つは僕の日記を楽しみに読んでくれている方から。それはそれは胸が熱くなるものだった。
このフランス便りを通じてこういった心のやりとりができることはとても素晴らしいことで、苦手であるパソコンの力にも脱帽である。
ところで、フランスでの滞在も残すところ僅か。
なんだかんだいって続けられてきたこの日記を書くのも残り数回といったところで、これからレストランが忙しくなりブザンソンに来ることも困難を極める(休日交代制のため)。
僕にとってこういった時間はたぶん最後だろうし、ラストスパートをかけていく時期になってきた。僕はこれから何を感じ、フランスを去るときに自分にとってのフランスとはどういうものになっているのだろうか。
経験や知識は外国で生活しているのでもちろん増えるが、僕は成長したのだろうか、しているのだろうか・・・まだ実感は無い。
もしかしたら、フランスで修業したからどう変わるかではなく、毎日を一生懸命過ごす事と喜びや悔しさといった心に抱く強い気持ちをどれだけ貯めてきたかが変えてくれるのかもしれない。
だからその点は期待している。その種が芽を出す暖かい春が訪れるだろうか、それはどんな色の花や実をもたらしてくれるだろうか。
フランス便りのまとめを書くとき、満足のいく表現ができることを望もう。
《ヴァン ジョーヌ》
これはアルボアのあるジュラというところで育てている白ぶどうの品種・サヴァニヤンを100%使い、6年間樽で熟成させた高級ワイン。特別な発酵のさせ方でドライ・シェリーを思わせるしっかりしたもの。
ヴァンはワインのこと、ジョーヌは黄色という意味なので“黄ワイン”、黄色の強いというか色の濃い白ワインを想像してもらいたい。
ワインに飲み慣れてない人にはあまり勧められないが、僕はこのサヴァニヤンの独特な香りと味が大好きになった。日本ではあまりこの地方のワインは手に入りにくいと思う。
なぜこの話をするのかというと、アルボア周辺のスペシャリテでどこのレストランでも用意している料理であり僕の研修先のスペシャリテでもある《プーレ・オ・ヴァンジョーヌ》・鶏肉のヴァンジョーヌ煮込みというのを紹介したいからだ。
これは鶏肉をこのワインで煮込みクリーム仕立てにしたシンプルなもので、この地方名産のキノコであるモリーユと合わせると抜群に美味しい。何とも言えない(例えられなくてすいません・・)コクと香りで『ウーーーン(唸っている声)』といった感じだ。
この地方に来てこれを食べないのは炭酸の抜けた生ぬるいビールを飲んでいるようなものだといえる。(注・個人的意見)
18.08.2006「研修終了担当
好井」
フランス・アルボアより〜
Restaurant Jean-Paul
JEUNETでの研修を最高の気分で終えることが出来た。満足という言葉を使っていいのではないだろうか。
1ヶ月目の難しさのおかげで2ヶ月目・3ヶ月目の僕の立場と気持ちの向上は特に喜ばしく感じられ、そして一番嬉しい僕への評価として「もう少し残ってくれないか?」とシェフから言ってもらえたことだ。
これは僕がどうしても欲しかった言葉だった。
皆とも仲良くなり、ワールドカップのテレビ観戦や湖へ泳ぎに連れていってもらったり、飲みに行ったり・・・酒を酌み交すことで理解してもらえるようになっていったような気がする。
僕の最終日はランチ終了までだったので、その前日にシャンパンを皆に振る舞い、お礼を言って終わったのだが、最終日の夜にシェフから呼び出しがあり、今度はシェフが振る舞ってくれた。
シェフと飲んだ前後に口にした酒の量を合わせると、笑ってしまうほどだった。
それに最初は4人だった僕たちのアパートもMAXの7人の男で埋め尽くされ、シャワーを浴びるのも大変だったし、小さな問題もあったがとても良い思い出だ。
もうすぐ一年。
僕はこの一年で区切りを付け、日本へ戻る。
フランス滞在を延長しようと思えばさほど難しくは無いだろうが、自分自身で答えを出した。
フランス語も自分で言うのはなんだが成長したし、給料も少しはもらえた。生活も楽しんでいる。
ただ、まだ途中で、ある夢の実現に向けてじっくり考えた結果がこれだった。
そして、この自分でも楽しませてもらい、続けてきた《フランス・自己満足日記》。
そろそろまとめを書かなくてはならない。最後の楽しみのためのヨーロッパ旅行の事も含め日本に帰ってから綴ろうと思う。
29.08.2006「ヨーロッパ旅行後記」担当:好井
白っぽい青空、真っ赤な夕日、肌に絡み付く程のなま温かく湿った空気。
東京に戻ってきた。
思ったほど久しぶりの感覚はなく、蒸し暑さを除けば日常を感じた。やはり戻ってきてからよりもフランスを離れる前の寂しさを含んだ緊張感の様なものを抱いていた気持ちの方が心の揺れは大きい。
研修を終えてからの3週間フランスを中心に旅行をしたのだが、これは以前から決めていた最後の楽しみだった。僕が訪れた場所はこのような感じである。
マルセイユ・ベルン(スイス)・プラハ(チェコ)・ウイーン(オーストリア)・ノルマンディー・パリ。
マルセイユ・ベルンはブザンソン、プラハ・ノルマンディーはパリを起点にしたので、行ったり来たりとけっこうハードなスケジュールだった。
場所の選択は基本的に人に会うことが一番の目的で、マルセイユへはブザンソンでお世話になったフィリップと一緒に行き、ベルンはスイス人の親友、プラハはブザンソンを紹介してくれたケン、ノルマンディーは北海道・洞爺のレストラン・ミッシェル・ブラスのシェフだったアレックスをというように。
[マルセイユ]
南仏、大きな港には豪華なクルーザーが所狭しと並び、その色とりどりのそれらが揺れる様は夏が似合う。そして夏はほとんど雨が降らず毎日天気が良いところである。
ブザンソンから下って行ったのだがアヴィニヨンという街を過ぎたあたりから一気に風景が変わり、緑が少なく南国の植物も見かける。そしてマルセイユは外国人が多く風が強い為もあるだろうがごみが多く、土で作られた古い城塞などからはどこか外国を思わせる。
モロッコなどの北アフリカの風景に少し似ているのではないだろうか。僕がいた時は偏西風が強く日差しがきつくても心地よかった。海岸へも行ったが、海水(地中海)が冷たくて泳げなかったのが残念だ。
なにより、料理人である僕にとって一番の楽しみはブイヤベースを食べる事。ところが観光客相手の店だったので味がひどかった。
[ベルン]
親友のフィリップ2がいるところで緑が多く静かで綺麗な街。彼と語り合う為の訪問である。
前回同様(2度目なので)素晴らしい野菜の並ぶマルシェで買い物をし(買いすぎた・・)彼の友人達のために料理を作り、少し成長したフランス語のおかげもあり楽しい時間に包まれて幸せを感じた。
ガラスの大きなグラスに花を飾るように盛り付けたマルシェのカラフルなトマトと張りのある2色のバジル、切っただけのフヌイユ(ウイキョウ)、焼きポレンタをアペリティフに。続いてマグロのタルタル、豚肉塊のローストに根セロリとシューラーヴ(カブとキャベツの味のする野菜)の丸ごとオーヴン焼きを添え、フルーツとマスカルポーネのティラミス風を作った。
彼と山に登り昼寝したり、彼の大好きな小さく素敵なレストランへ連れて行ってもらったりと思う存分語り合えた大満足な時間だった。
[プラハ・ウィーン]
僕にとってプラハとはビールの街。とにかく旨くて安い。ビール好きにはたまらない。
街は「世界一美しい街」と謳う人がいるくらいだから、川を挟んでのプラハ城を見上げる風景にはため息が出たし、プラハ城の中(たぶん・・)の教会のステンドグラス(ミュシャのデザインのものもあった)は必見だと思ったが、僕はどうも視覚より味覚の喜びを求める方にかなり偏っているので、その日の計画はどこで何を食べるかを決めてから立てる。
残念ながらプラハの伝統料理は一軒の高級レストランを除いて美味しいと思う所がなかった。(ただ、物価が安い為許せる!!)
プラハの第一の目的はケン(ブザンソンを紹介してくれた友人)会うため。4日の内2日は彼の家に泊めてもらい、日帰りでウィーンまで車で出掛けた。ウィーンは2人とも疲れていた(前夜のディスコのせい??)というのもあり日曜日という事でほとんどの店がクローズで観光客もかなり少なく「寂しい街だ!」なんて2人で勝手に決め付けていたが、ザッハトルテ・シュトゥルーデルは忘れず食べ2人で感動した。往復5時間半滞在4時間の日帰り旅行だった
ケンの家ではかき揚げ丼と焼きそばを作った。(意味不明な組み合わせ)
プラハの思い出でひとつだけ良くない事があった。それは英語。誰のせい?それは僕のせい!!ということで、チェコ語はもちろん話せないしフランス語が使えない。
観光の街なのでほとんどの人が英語を話すのだが、言葉にしようと思ってもフランス語が出てきてしまうし、もともと出来ないのもあって、ホテルのチェックインの時なんて「メ・サ・・ササ・サンキュ!」「メ・・イ・イエス!」(汗!)てな状態。
あー情けない。
[ノルマンディー地方・カルバドス県・ホンフルール]
小さくかわいらしい建物が印象的な港町、観光地としても有名。フランスの最後の締めくくりにしたかったもの。
それは洞爺のミッシェル・ブラスのシェフを務めていたアレクサンドル・ブルダスが4月にオーナーシェフとしてオープンしたレストランを訪れる事。
洞爺ので研修をした頃はフランス語が出来なかったが今回は違う。しかも彼がキッチンで一緒に料理をしよう!と提案してくれていた。
到着した日は挨拶をしてから街を歩き、夜は客として食事をした。彼のレストランはというと、なんというか・・とにかく好きになった。
シンプルでセンスが冴え居心地が良い。フランスとは思えないふんわりと柔らかくあたたかいサービス、言葉遣いからそれが僕にも十分伝わる。料理はさすがだ。軽くてアイデアとおもしろい食材の組み合わせが光る。
翌日から2日間の研修。それが僕にとって楽しかったというのは言うまでもないだろう。
早朝マルシェへ連れて行ってもらい、仕込みをしながら味見をたくさんして、話し、賄いを一緒に食べ、尊敬する彼の隣で料理を出来たことは計り知れない満足度に変わる。
スタッフも皆感じが良く、まとまっていて僕の目指したい形がそこにはあった。釣りと魚と日本が好きな彼のレストランの名前は《sa.qua.na (サ・カ・ナ)》であり、素晴らしい人柄の持ち主が素敵で小さな空間を作り上げていた。
[パリ]
物価が高くて人の冷たさを感じる街。少し嫌いになりかけていたが、美しさに関しては完成度がさすがに高い。空を広く感じる。これだけ多くの人が魅せられる理由はわかる気がする。きちんと選べば美味しい物は本当にたくさんある。
ひとつレストランを紹介したい。
TGV(新幹線のようなもの)の発着するパリのリヨン駅の中にあるル・トラン・ブルー。歴史を感じる広い店内とスピード感のあるサービスマンの動き、シンプルできちんとした料理が妥当な金額である。お勧めは牛肉のタルタル(実はこれしか食べた事がない)で目の前で作ってくれる(混ぜるだけだが・・)。
ボリュームは言う事無し、旨い、ジャガイモのフライとサラダが別皿で運ばれてくる。一皿だけで十分だし、僕は「あーフランスだあ・・・」と強く思える。日本では味わえない空間だと思うから。
02.09.2006「フランス自己満足日記・まとめ」担当:好井
一年。
「あーフランス楽しかったなー!!」これが僕にとって一番最初に出てくる感想であります。
シェフに提案してもらった《まずはフランス語を集中して学び、その後レストランで働く》という方向性のおかげと素晴らしい出会いがあったからでしょう。
僕がフランスに期待していたもの。
それはフランス料理の根底を知ること。
つまりフランス料理を作り出したフランス人は何を食べているのか?どういう感覚で食事(生活も含め)を楽しんでいるのか?
どうしてこんなに完成度の高いものを作り出せたのか?
フランス人って?フランス共和国って?
そのためにホームステイを選び家庭の中で生活することから学ぼうと思いました。
そして、本場のレストランで研修することで今の技術や流れを知ること。僕は果たして僕の先輩たちのようにフランスで通用するのかを試すことも。
もちろん、全てを言葉にまとめられるほど知ることが出来たわけでは無いし、知識や経験もまだまだでしょう。しかし、浅くとも多くのことが僕なりに理解できたような気がしています。
しかも反対に日本の勉強も少しですがしてきました。外へ出ることで見えたものは、日本人である僕が自国のことをあまり知らない、説明できないということでしたから。
フランス人の友達をつくること、フランスの食材・ワインなどを味見し楽しむことに関しては、大いに満足しています。
最後に、フランスで過ごした時間、行く前からの準備期間も含め抱いた感情は大切な僕の一部となりました。
そして、両親やシェフ・奥さんをはじめ、親戚や先輩・仲間たちの応援があったからこそ、この自分勝手な日記を通じて応援してくださった方々の温かい言葉があったからこそ、無事に笑顔で帰ってくることが出来ました。
心より感謝をしています。どうもありがとうございました。
これで「フランス滞在自己満足日記」を締めくくりたいと思います。
好井祐輔